大学2年の冬、当時付き合っていた彼女の家で、料理を作った日のこと。
彼女と僕は付き合って2ヶ月、元々は大学の先輩後輩。
部活動の新歓に来てくれた彼女は入部はしなかったものの、食堂で会ったら挨拶をするし、LINEをするうちに打ち解け、付き合うまでに至った。
ただ、その感覚が抜けず、僕は彼女をずっと苗字で呼んでおり、「いつから名前で呼び始めようか?」とタイミングを見計らっている時期だった。
2人で作ったシチューを食べながら、月9ドラマを観ていた。
食事が終わり、彼女は食器を片付け、台所に向かう。
「ありがとう」と伝え、僕は布巾を探した。
そうか、布巾は今台所にあるのか...。
「上田!布巾ある?」
しかし、彼女からの返答がない。
聞こえているはずだけどな。
僕は身を乗り出して、彼女が見える位置で先程より大きい声で呼びかけた。
「上田?」
またしても返事がない。
冷や汗が出てくる。
僕は早足で彼女に駆け寄った。
「上田?どうしたの?」
すると彼女はゆっくりこちらを振り返った。
その目は今でも忘れない。
見た事のない光を全く宿さない目立った。
緊張が走る。
そして、彼女は一言。
「私、本多だけど」
時が止まった。
「え?うん、え?」
一瞬、何が起こったか理解出来ず、曖昧な返事しかできなかったが、徐々に状況を理解することができた。
僕は彼女をずっと元カノの名前で呼んでいたのだ。
彼女は真っ直ぐに僕を見ている。
まずい、何か言わなくては。
「えーと、ごめん」
これが良くなかった。
このごめんは色んなパターンを連想させることを僕は理解してなかった。
彼女はすぐ切り返してきた。
「何のごめんと?」
普段なら可愛いと茶化す博多弁も今や恐怖以外の何物でもない。
「いや、間違えたことに対する謝罪で...。」
これ以上は何を言っても無駄なのに当時の僕にはそんな事は分からない。
彼女はスタスタと玄関へ向かう。
止めないと!
咄嗟に出た言葉は彼女の下の名前だった。
ピタッと止まった彼女は涙目でこちらを振り返り、こちらへ戻ってきてくれた。
人生最大のピンチが功を奏して、僕は彼女を名前で呼ぶことができるようになった。
この事件があったからこそ、僕らはより一層、仲を深めることができたのだった。
そして、
僕らは数ヶ月後の彼女の浮気により別れたのであった。